10月18日は小早川秀秋の命日

2017/01/11

10月18日は小早川秀秋の命日です

慶長7年10月18日(1602年12月1日)、関ケ原の戦いの後、備前岡山藩主となっていた小早川秀秋が亡くなりました

豊臣秀吉の妻「ねね」の甥として生まれ、実子のいない秀吉の養子となり豊臣家の後継者の一人となりましたが、豊臣秀頼が誕生すると、小早川家に養子として入りました。

関ケ原の戦いでは、西軍として戦って敗れた宇喜多秀家の領地を引き継ぎ、岡山城に入城しています。

岡山城の外堀に、わずか20日間でさらに外堀をつくったため、二十日堀という名前がつきました。

小早川秀秋の墓


岡山で亡くなった小早川秀秋は岡山市内にある瑞雲寺にそのお墓があります。

瑞雲寺所在地
住所:岡山県岡山市北区番町2丁目6−22

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