4月10日は倉敷代官所襲撃の日

2016/05/12

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4月10日は倉敷代官所が襲撃された日です。

慶応2年4月10日(1866年5月24日)の早朝、倉敷代官所を長州藩士が襲撃しました。
倉敷浅尾騒動の始まりです。

倉敷代官所

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倉敷代官所のあたりは、関ヶ原の合戦で、徳川方が勝利してから徳川幕府の天領として直轄地となり、大阪冬の陣の際には小堀遠州により陣屋とされました。寛永19年(1642年)には陣屋は倉敷代官所となり、明治維新にいたるまで、備中(倉敷)、美作(久世)、讃岐(塩泡諸島)を治めていました。

倉敷代官所襲撃

立石孫一郎率いる長州藩第二奇兵隊の脱走隊士の目的は、倉敷代官所の代官の殺害です。
当日、倉敷代官所の代官であった桜井久之助は広島に行って留守でしたが、代官所にいた者を殺害しています。

代官所は焼失し、焼け野原となったところに倉敷県庁を設置しましたが、明治4年に廃止となり放置されていました。その後、明治21年3月9日に倉敷紡績所が創設されました。

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現在はアイビースクエアとして、倉敷観光の中心の一つになっています。

観龍寺に残る倉敷浅尾騒動のあと

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代官所を襲撃した脱走隊士は近くにある観龍寺に入り、兵糧や軍用金を要求しています。

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脱走隊士が観龍寺に入ったときに山門につけた槍の傷というものが残っています。

その後、総社市にある井山宝福寺に泊った後、4月13日には総社にある浅尾陣屋も襲撃しています。

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