4月13日は浅尾陣屋が襲撃された日

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4月13日は浅尾陣屋が襲撃された日です。慶応2年4月13日(1866年5月27日)に脱走長州藩士により浅尾陣屋が襲撃され、焼失しました。

浅尾陣屋は丸山古墳を中心にして御殿、稲荷神社、侍屋敷などを含めて、広さ10ヘクタールの大きな陣屋でした。

現在、陣屋の跡は田畑や住宅となっていますが、丸山神社のところに浅尾陣屋跡の石碑や、再建された土塀の一部、稲荷神社の手洗鉢、石灯籠が名残として残っています。

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残存したものを参考にして再建された土塀

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銃眼

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手水鉢は、天保13年に奉献されたもので、浅尾陣屋よりも古くからあります。

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石灯籠は、享和元年に蒔田家の武運長久を願ったものです。

浅尾藩校集義館

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浅尾藩主、蒔田相模守廣孝によって浅尾陣屋西門付近に建てられた学問所です。昭和57年に取り壊されましたが、平成7年(1995年)に新しく再建されています。

HP:http://www.shugikan.org/

浅尾陣屋跡の地図

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浅尾陣屋焼失に関わる年表

年月日 できごと
文久3年(1863年)11月 蒔田氏、大名になる(浅尾陣屋完成)
元治元年(1864年)4月 蒔田氏、京都見廻役に任命される
元治元年(1864年)7月 蛤御門の変
元治元年(1864年)8月 第一次長州征伐
慶応2年4月10日(1866年5月24日) 倉敷代官所襲撃
慶応2年4月13日(1866年5月27日) 浅尾陣屋焼失
慶応2年(1866年)6月 第二次長州征伐
慶応3年(1867)6月 蒔田氏、京都見廻役解任
慶応3年10月14日(1867年11月9日) 大政奉還
慶応4年1月18日(1868年2月11日) 備中松山城無血開城
明治4年7月14日(1871年8月29日) 廃藩置県

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4月10日は倉敷代官所襲撃の日

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