1月29日は人口調査記念日

2016/02/08

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1月29日は人口調査記念日です。
廃藩置県の後、公布された旧戸籍法のもとに、明治5年1月29日(1872年3月8日)に全国で人口調査が行われ戸籍が編纂されました。そのため1月29日が人口調査の日となっています。

1872年3月8日の時点では日本の本籍人口は33,110,825人。
岡山県の本籍人口は387,459人でした。

平成28年(2016年)1月1日の岡山県の人口が1,918,384人ですから約5倍に増えています。
そして、岡山県の人口が100万人を超えたのは1879年1月1日の時点での戸籍からになります。

これだけ見ると岡山県の人口がかなり増えたように思いますが、実は理由があります。

明治5年1月29日(1872年3月8日)の時点では現在の岡山県にあたる地域には岡山藩を受け継いだ岡山県以外に深津県、北条県と3県に分かれていたからです。

岡山県337,459人
深津県546,430人
北条県215,602人

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あくまでも戸籍上ですが、岡山県よりも深津県の方が多かったんです。

深津県:鴨方県・生坂県・庭瀬県・足守県・浅尾県・岡田県・高梁県・成羽県・新見県・倉敷県・福山県
北条県:津山県・鶴田県・真島県

明治8年(1875年)12月10日には小田県(旧深津県)が岡山県に編入されました。
明治9年(1876年)4月18日には北条県が岡山県に編入されましたが、同時に小田県に属していた旧福山藩等の備後地方東部が広島県に移管しました。

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明治の初期はいろいろと混乱しています。いうのも福山藩が徳川側だったため、福山城のある深津の地名を新しい県の名前にしておくのはまずいということで深津県から小田県に変えたり。いったん岡山に所属した福山を再び広島に移したり。残念ながら理由は資料がないためわからないようです。

その後、岡山県全体の人口は増えてきましたが、岡山県北部などの山間部については過疎地域として問題となってきています。

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