4月17日は「どうだ明るくなっただろう?」山本唯三郎の命日

2016/12/16

800px-Narikin_Eiga_Jidai(wikipedia掲載画像より引用)

昭和2年(1927年)4月17日に山本唯三郎(やまもとたださぶろう)が亡くなりました。

山本唯三郎の名前はほとんどの人が知らないと思いますが、紙幣を燃やして「どうだ明るくなっただろう?」と成金の風刺画のモデルとなった実業家で、教科書で見かけた方は多いのではないでしょうか?

久米郡出身で鶴田藩の武士の子として生まれた山本唯三郎ですが、若い頃は苦学しており、機会があって新渡戸稲造からも指導を仰いだこともあります。

第一次世界大戦に海運業で成功し、巨万の富を得ることになりました。

典型的な成金として有名ですが、若いころに苦学したためか、同志社大学や岡山市立図書館の建設資金、地元の学校の設立など、教育に関して破格の寄付をする人物でもありました。

最終的には、戦後の不況の影響で没落し、亡くなりました。

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