11月7日は『岡山乃かねつき堂』を描いた川瀬巴水の命日

2016/11/07

gp01a201402111200(GATAG|フリー絵画・版画素材集より)

11月7日は『岡山乃かねつき堂』を描いた川瀬巴水(かわせいすい)の命日です。

昭和32年(1957年)11月7日に大正、昭和期の浮世絵師、版画家である川瀬巴水が亡くなりました。

『岡山の鐘つき堂』は川瀬巴水の1947年(昭和22年)作のもので、鐘撞堂はすでに岡山空襲で焼失していましたが、焼失を惜しんでスケッチをもとに描きました。川瀬巴水は大正10年、昭和9年に岡山を訪れ、いくつか岡山の風景を描いています。

川瀬巴水のその他岡山に関する作品

『岡山内山下』1923年(大正12年)作
『岡山後楽園』1934年(昭和9年)作
『岡山城の朝』1955年(昭和30年)作

(東京都港区出身:1883年5月18日生・1957年11月7日没)

鐘撞堂

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岡山市北区表町(旧栄町)にあった鐘撞堂(かねつきどう)は、時報と警報を知らせる目的で寛文6年(1666年)3月に設置され、岡山城下の名物的な役割を果たしてきました。

鐘撞堂の2階には時報を知らせる大鐘が、3階には災害時に鳴らしたとされる半鐘が吊してありました。

岡山藩が管理していたため、廃藩置県にともなって一時休鐘していましたが、1902年(明治35年)に復活しました。

その後、岡山市の財政難のため昭和8年8月に廃止され、昭和20年(1945年)6月29日の岡山空襲の際に焼失してしまいました。

現在、鐘撞堂は岡山シティミュージアムで5分の1の大きさの模型として復元され展示されており、また、使われていた釣鐘を見ることができます。

鐘撞堂の鐘は、元禄11年(1698年)に京都の藤原国次によって作られ、良い音色を出すために大量の小判が鋳込んであると言い伝えがありました。岡山藩主池田家の菩提寺の曹源寺の鐘楼の鐘は、同じ年に藤原国次によって作られたものです。

岡山シティミュージアム
所在地:岡山県岡山市北区駅元町15-1

岡山県岡山市北区駅元町15-1

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